若描きの作品で木々や草原を描き富士の雄大さを引き立てている

福王寺-法林 富士 10号

 

福王寺 法林、1920年 – 2012年)日本芸術院会員。山形県生まれ。日本美術院理事。

1920年11月10日、米沢市に生まれる。

1927年、6歳のときに左眼を失明する。

1929年、上村廣成に師事し日本画を学ぶ。

1936年、画家を志して上京する。

1941年、召集され、中国に出征する。

1946年、復員し、院展に出展する。

1949年、作品「山村風景」が日本美術院展覧会に初入選する。

1953年、東京都三鷹市に転居し本格的に絵画制作に取り組む。

1960年、作品「北の海」が日本美術院賞・大観賞を受賞する。

1974年、幼い頃からの夢であったヒマラヤへの取材旅行を始め、これ以降、ヒマラヤを扱った作品が多くなる。

1977年、作品「ヒマラヤ連峰」で、第27回芸術選奨文部大臣賞を受賞する。

1984年、作品「ヒマラヤの花」で日本芸術院賞を受賞する[1]。

1994年、日本芸術院会員。

1997年、勲三等瑞宝章受章。

1998年、文化功労者顕彰受賞。

2004年、文化勲章受章。

2004年、米沢市名誉市民顕彰受賞

2005年、山形県名誉県民顕彰受賞

2012年2月21日、心不全のため死去 91歳没。叙従三位

後藤画廊(ごとうかみてん)おうちギャラリー gotokamiten