作者片岡球子 サイズ(cm)25.5×35

日本を代表する日本画家。若い頃は画壇になかなか認められずそれでも自身のスタンスを貫き通し生涯、作品に対するストイックな考え方、真摯な向かい方は後輩の画家たちにも多大な影響を与えました。

特に富士山には毎週のように足を運んでそのデッサンの総数は数えきれません。

赤富士の手前にはデホルメされた松竹梅があり、赤富士は点描で雪が描かれ、空は琳派風の雲、先生の魅力が入った片岡球子先生の没後、肉筆画をもとに遺族監修で製作されたリトグラフ。

片岡球子 
1905年(明治38年)~2008年(平成20年)札幌市に生まれ

1923年  北海道庁立札幌高等女学校師範科卒。日本画家を志す。

1926年  女子美術専門学校日本画科高等科卒業。横浜市立大岡尋常小学校教論となる。

1955年  大岡小学校を退職。女子美術大学講師就任。

1966年  愛知県立芸術大学が開校、日本画科主任教授。

1973年  (昭和48年)より客員教授。

1989年  文化勲章受章。

1992年  「画業70年片岡球子展」日本橋三越とパリで開催。