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伊藤 小坡

伊藤 小坡 略歴 本名・左登  

明治10年(1877) 4月24日 三重県宇治山田市(現 伊勢市)浦田町、

         猿田彦神社宮司宇治士公 貞幹の長女として生まれる。

明治28年(1895) この頃、四条派の流れをくむ郷土の日本画家・磯部百鱗に絵の手ほど

「18歳」     きを受け、歴史人物を好んで描く。

明治31年(1898) 京都に出て、磯部百鱗の紹介により森川曾分に師事、師から「文耕」

「21才」     の雅号を受ける。                     

明治33年(1900) 森川曾分の病のため、谷口香?に師事、香?から「小坡」の雅号を受

「23才」     ける。  

明治36年(1903) 第五回内国勧業博覧会に「伊賀の局」を出品する。

「26歳」

明治38年(1905) 同門の伊藤鷺城と結婚する。

「28歳」 

明治39年(1906) 長女 知子が生まれる。

「29歳」

明治34年(1910) 次女 芳子が生まれる。

「33歳」

大正03年(1914) 三女 正子が生まれる。

「37歳」

大正04年(1915) 第九回文展に「製作の前」を出品、初入選で三等賞を受賞、一躍脚光

「38歳」     を浴びる。以後、文展・帝展にて活躍する。 師・谷口香?没

大正11年(1922) パリでの日仏交換美術展に出品した「琵琶記」がフランス政府買い上

「45歳」     げとなる。

大正15年(1926) 第一回聖徳太子奉賛会総合展に「やすらいはな」を招待出品する。

「49歳」     この頃から、美人風俗や歴史・物語を主題とした女性像へと意向する。

昭和03年(1928) 竹内栖鳳に師事、竹杖会の一員となる。上村松園とは同門にあたる。

「51歳」

昭和43年(1968)「90歳」  1月7日 京都市上京区の自宅で逝去。

 

 

明治31年、画家になる決意をして京都にむかい、谷口香?に師事するが、師は菊池芳文・竹内栖鳳・都路華香とともに幸野楳嶺門の四天王ともよばれ、有識故事に詳しく歴史画を得意とする画家であったことから、歴史画に特に関心を寄せていた小坡にはこの上ない師であったと思われる。

明治38年、同門の伊藤鷺城と結婚。三人の女児を授かる。大正4年の第九回文展にて初入選・三等賞を受賞。一躍脚光を浴び松園に次ぐ女性画家として多忙な日々を送ることとなるが同時に良妻賢母であったとも伝えられている。

大正年間の小坡の作品は、日常のさりげない情景をありのままに描かれた作品が多く、作中の人物は、母としての小坡や娘を連想させる作品もあり、女性ならではの目線で描かれた清楚な女性像が多くみられる。

大正年末頃からの作品には徳川時代の美人風俗や歴史・物語を主題とした女性像が多く描かれるようになり、昭和初期頃からは、新古典主義的な傾向が強く出てきたこともあると思われるが、女性として生きる姿と言うよりも、背景に四季折々の草花を配した、清澄で華麗な女性像が多く描かれている。

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